食料・農業・農村基本法改正案が目指すものは、なに?【後編】



「食料・農業・農村基本法改正案」に関しては、現在、参議院で審議されてますが、その審議経緯について、農業者・農業法人等からの関心が引き続き高まっております。

 

2024年通常国会(第213回)にて、「食料・農業・農村基本法の一部を改正する法律案」の審議経過は、R6.4.18に衆議院農林水産委員会において、政府案及び与党提出の修正案は賛成多数で可決、翌19日に衆議院本会議にて可決し、現在、参議院の農林水産委員会にて、審議中であります。

 

前編では、食料・農業・農村政策審議会の基本法検証部会の「中間とりまとめ」(第16回)の概要ポイントと第17回(R5.9.11)の「最終取りまとめ案」及び「答申」までご紹介したところです。

 

前編に記載のとおり、「食料・農業・農村基本法改正案」は、今後20年の変化を見据え、現行基本法の基本理念や主要施策等の見直しとして、法律の基本理念に、(1)「食料安全保障の確保」(現行基本法は「食料の安全供給の確保」)を新たに加え、農産物や農業資材等の安定的な輸入を図るほか、(2)「環境と調和のとれた食料システムの確立」、(3)「農業の持続的な発展」、(4)「農村の振興」などが盛り込まています。

 

改正案の主な変更・新設・追加等の内容について、項目別(条文ごと)には、次のとおりです。

 

1 食料安全保障

【総則、第2節 食料安全保障の確保に関する施策】

(1) 「食料の安定供給」を「食料安全保障の確保」に変更(第2条)

(2) 「食料の円滑な入手の確保」を新設(第19条)

 

2 農業の担い手

【第3節 農業の持続的な発展に関する施策】

(1) 「望ましい農業構造の確立に当たっては、地域における協議に基づき、効率的かつ安定的な農業経営を営む者及びそれ以外の多様な農業者」(第26条 赤字を追加)

 

3 農業経営

【第3節 農業の持続的な発展に関する施策】

(1)  農業法人の経営基盤の強化を図るために、「経営管理能力の向上」、「労働環境の整備」、「自己資本の充実」を追加(第27条)
(2) 「農業経営の支援を行う事業者」(農作業受託、農業機械の貸渡、人材派遣、情報分析・助言等)を新設(第37条)

 

4 食料供給に要する費用・価格形成

【第2節 食料安全保障の確保に関する施策】

(1) 「食料の持続的な供給に要する費用の考慮」を新設(第23条)

(2) 「農業資材の生産及び流通の確保と経営の安定」(第42条赤字を追加)

 

5 農業生産

【第3節 農業の持続的な発展に関する施策】

(1)「農地の集団化」を追加(第28条)

(2)「先端的な技術を活用した生産、加工又は流通の方式の導入」を新設(第30条)

(3)「農産物の付加価値の向上等」を新設(第31条)

 

6 農村政策

【第4節 農村の振興に関する施策】

(1)「農地保全に資する共同活動の推進」を新設(第44条)

(2)「地域の資源を活用した事業活動」を新設(第45条)

(3)「障害者等の農業に関する環境整備」を新設(第46条)

(4)「鳥獣害の対策」を新設(第48条)

 

7 農業の持続的な発展、環境、消費者

【総則】

(1)「環境と調和のとれた食料システムの確立」を新設(第3条)

(2)「農業の持続的な発展:農業生産活動における環境への負荷の低減」を新設(第5条)

(3)「消費者の役割:環境への負荷の低減」を追加(第14条)

 

8 上記の区分以外

【第2節 食料安全保障の確保に関する施策】

(1) 「農産物の輸出の促進」を新設(第22条)

(2)「食品産業の健全な発展:食品産業の海外における事業の展開の促進」を追加(第20条)

 

以上の改正案をめぐっては、衆議院農林水産委員会で、自民・公明両党と日本維新の会等の協議により、国が取り組むべき施策を一部追加した修正案の採決(立憲民主党の修正案は否決)が行われた結果、賛成多数で可決されました。

 


【修正案の概要及び附帯決議は、下記(PDF)のとおり】 

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20240418_食料・農業・農村基本法の一部を改正する法律案に対する修正案概要
PDFファイル 208.0 KB

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20240418_食料・農業・農村基本法の一部を改正する法律案に対する修正案附帯
PDFファイル 113.1 KB


基本法改正案に係る検証部会で議論された「現行基本法制定時(平成11年)からの農業をとりまく情勢の変化と食料供給の不安定化について」の課題は、整理しますと、下記のとおりです。

 

◆過去20年の情勢変化

 

1 国際的な情勢の変化と食料供給の不安定化 

(1) 世界人口の増加(60億人➡80億人)

(2) 気象変動による生産の不安定化

 

2 食料供給及び農業をめぐる国際的な議論の進展 

(1) 食料安全保障に関する国際的な議論

(2) 地球温暖化の防止・生物多様性の保全の議論の中で、環境をはじめとする持続可能性を配慮した農業・食品産業に関する議論

 

3 国際的な経済パワーの変化と日本の経済的地位の低下

(1) 輸入国としての影響力の低下

(2) 経済的理由による食品アクセスの問題(所得の停滞)

(3) 価格形成機能の問題(20年にわたるデフレの中、生産コストが増加しても、食品価格をあげることができない) 

 

4 日本の人口減少・高齢化に伴う国内市場の縮小

(1)  国内市場の急速な縮小(少子化・高齢化の進展による単身世帯の増加)

(2) 食料を届ける力の減退(食品流通の97%がトラック輸送に依存、物流の2024問題等により輸送力不足(2030年34%不足見込)

(3) 国際的な食市場の拡大(農業の持続的発展には、国内市場のみの政策から海外市場も視野に拡大が必要)

 

5 農業従事者の減少と生産性を高める技術革新の進展

(1)  農業従事者の急減と経営規模の拡大の進展(基幹的農業従事者 123万人(2022年)1999年からは半減)

(2) スマート農業・農業DXによる生産性向上

  

6 農村人口の減少・集落の縮小による農業を支える力の減退

  農業人口減少・高齢化により集落機能の維持が困難

 

◆ 過去20年の情勢変化と今後20年を見据えた課題

 

1 過去20年の情勢変化を踏まえた課題

(1-1)  平時における食料安全保障リスク(非正規雇用の増加等による低所得者層の増加し、十分な食料を確保できない世帯が増加)

(1-2)物流2024問題からトラックドライバーが不足が深刻化し、食品アクセス困難人口の増加

 

(2) 食料安定供給に係る輸入リスク(気象変動による不作、食料の大輸入国(中国等)による輸入価格の上昇で安定的な輸入に課題)

(3) 適切な価格形成と需要に応じた生産(デフレ経済の中、低価格での食品販売が普遍化、生産コストが反映できない価格形成)

 

(4-1) 農業・食品産業における国際的な持続可能性の議論(温室効果ガス排出増加が気象変動に影響➡持続性を基本理念とする取組)

(4-2)慣行的農業から環境保全や資源循環・生物多様性に配慮した農業を主流化していく必要   

 

2 今後20年を見据えた課題

(1)  海外市場も視野に入れた持続的な農業・食品産業の育成

(2)  今後の人口減少においても生産力を維持できる生産性の高い農業経営(スマート農業等の活用)

(3)  農村への移住・関係人口の増加、農村コミュニティの維持、農村のインフラ機能の確保

 

◆ 以上を情勢の変化・農業取り巻く課題等を踏まえ、基本理念(大項目)について、下記が改正条文に反映されてます。

 

1 国民一人一人の食料安全保障の確立

 

2 環境負荷の低減を図る持続可能な農業・食品産業への転換

 

3 人口減少化においても生産性の高い農業経営

 

4 農村への移住・関係人口の増加、農村コミュニティの維持、農村のインフラ機能の確保 

 



可決した修正案には、基本理念として、【「食料安全保障の確保」を規定し、その定義は「良質な食料が適正な価格(修正前は「合理的な価格」)で安定的に供給され、国民一人一人がこれを入手できる状態」とする(第2条第1項)】とありますが、これまでの「食料安全保障」に関する具体的な展開方向等について、ご紹介します。

 

「食料安全保障」については、令和5年に新たに策定された「食料・農業・農村政策の新たな展開方向」(R5.6.2)において、国全体で必要な食料を確保していくのはもとより、平時から国民一人一人の食料安全保障の確立を図っていくことを政策の柱に位置付けが示されています。

 

さらに、令和5年12月には、「食料安全保障強化政策大綱」を改訂し、農林水産業・食品産業の生産基盤を強固にする観点から、食料安全保障の強化のための対策に加え、スマート農林水産業等による成長産業化、農林水産物・食品の輸出促進、農林水産業のグリーン化についても、その目標等を整理し、その実現に向けて主要施策を取りまとめ、基本法見直しと併せて、施策の具体化の検討も進められたところです。

 

本政策大綱の「食料安全保障の強化のための重点対策」うち、各項目の主要施策は、下記のとおりです。

 

1 食料安全保障構造転換対策(過度の輸入依存からの脱却に向けた構造転換的な課題への対応)

(1) 海外依存の高い「麦・大豆・飼料作物等の生産拡大」、「輸入原材料の国産転換等」

(2) 生産資材の代替転換等

(3) 国産転換を支える産地の育成強化

 

2 生産者の急減に備えた生産基盤の構造転換対策

(1) 将来の生産者の減少に備えた経営構造の確立

(2) スマート技術の実用化、サービス事業体の育成・確保等

(3) スマート技術等に対応したほ場整備、省力化に対応した施設等の整備・保全

 

3 国民一人一人の食料安全保障の確立に向けた食料システム構造転換対策 

(1) 適正な価格形成と国民理解の醸成

(2) 食品アクセス問題の対応強化

(3) 生産資材等の価格高騰等による影響緩和対策

 

以上をみると、基本法改正案について、成立後の各施策について、見えてくるのではないでしょうか。

 

現在、国会審議中の基本法改正案に沿った各施策について、既に具体的な各施策の審議・検討は、始まっております。

 



それでは、ここで、直近10年についての取組について、農業政策「日本再興戦略」(H25.6.14閣議決定)における成果目標がありますので、その実績を見てみましょう。 

 

(1) 「農業経営の法人化」については、目標は今後10年間で法人経営体数を5万法人➡実績は3.3万法人(2023年:達成率66%)

 

(2) 「農地集積」については、目標は今後10年間で全農地の8割を担い手に集積➡実績は59.3%(2023年)

 

(3) 「生産費(米)」は、目標は今後10年間で担い手の米生産費(60Kg)を全国平均16,000円の4割削減の9,600円➡実績は11,424円(2023年:10ha以上)

 

いずれも、設定した目標は達成できず、目標設定の前提となる現状分析、また、現場における具体的な支援・対策が十分であったか、問われる結果となっており、その検証が求められます。

 

【農業経営法人化と農地集積について】

 

改正法では、農業の担い手は「望ましい農業構造の確立」と「効率的かつ安定的な農業経営体を育成」を目指す条文であり、現に、「農業経営の法人化」と「農業の担い手」について、経営耕地30ha以上の法人への農地集積が進行(60%超)している状況からも、今後、農業経営の法人化と農地集積は、一段の加速が見込まれ、次の10年後には、上記の目標であれば、その達成は見込まれるでしょう。

 

一方、中山間地域では、経営耕地の規模拡大による農業経営の効率化は望めず、担い手確保は困難で、地域農業は維持できない現状が見えてきます。

 

今後、高齢化した個人経営体は急激に減少し、ほ場条件が良い農地は規模拡大を図っている法人経営への集積が見込まれますが、スマート農業機械も入らない中山間地域の狭小の農地では、受け手がいない状況が見込まれます。

 

こうした中山間地域の農地は、いずれ離農せざる得ない農地(耕作放棄地)となるため、地域農業が維持できなくなりますが、検証部会での議論には、なぜか、「受け手がいない農地」に係る議論が欠落していることについて、心配するのは私だけでしょうか。

 

 【生産費(稲作)について】

 

 法人経営による50ha以上の規模拡大とスマート農業機械の導入等による生産性の効率化が図られ、農業資材等価格の上昇がなければ、稲作における8,000円台~9,000円台の生産費の実現は、可能とみています。

 

それでも、稲作だけの単一作物での収益だけでは、法人経営として十分でなく、園芸作物等の複合作物栽培への拡大を図りつつ、安定的な農業経営に転換を図ることは、必然的な動きになることが見込まれます。

 

以上だけみると、改正基本法が目指す「農地集積」は、規模拡大を図る法人経営への集積が見込まれますが、次の大きな重要課題に対しての施策のかじ取りが求められています。

 

改正基本法が成立直後から、2025年の次期基本計画についての審議(検討)が始まりますが、2020年の基本計画の検証が必要なのはもちろんですが、今後の農業構造(担い手(経営体)・農地集積等)の動向に加え、国内市場の縮小、環境負荷低減の取組実態、農産物の価格形成の実態、スマート農業導入による生産性、農業経営の収支動向、人手不足への対応等について、地域別・作物別に分析した上で、次期基本計画の策定について、その取組の実現化に期待するところです。 

 


【徒然のひとこと】 


基本法改正案について、ブログにて、前編と後編に分けてご紹介しましたが、内容が広範囲のため、概要の一部にとどまったしまい、誠に、申し訳ございません。

 

今後、機会がございましたら、改めて、わかりやすく、具体的に、ご紹介させていただきます。

 

支援の農業者等からは、スマート技術等に対応したほ場では、生産性の高い法人による農業経営は実現できますが、中山間地域の狭小農地を抱える農業・農村の維持について、危惧される農業者も少なくありません 。

 

また、「適正な価格」については、生産者と消費者の「適正な価格」には乖離が生じており、消費者の理解醸成が基本法改正案にも記載されていますが、現実には、消費者世帯の収入・所得が上がらなければ、消費者だけに生産コスト上昇分の負担を求めても、理解を得るのには、難しい状況があります。

 

「食料・農業・農村の役割に関する世論調査」(令和5年9月調査)(内閣府)の「食品価格への高騰への対応」では、価格の安いものに切り替えたが「59.5%」、購入量を減らした「39.0%」、嗜好品を減らした「29.7%」となっており、「適正な価格」といえども、従来の価格帯から上昇すれば、消費者の購入量が減少する一面も見込まれます。

 

消費者の理解醸成について、消費者世帯側に、どのような施策をすれば、理解醸成につながるのか、見守ってみたいと思慮します

 

弊社では、意欲ある若手農業者・規模拡大に取り組む農業法人に寄り添った農業総合支援をしていますので、ご関心のある方は、お気軽に、ご相談ください。